大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

徳島地方裁判所 昭和23年(行)24号 判決 1948年12月16日

原告

平岡〓

被告

川西村農地委員会

德島縣農地委員会

主文

被告川西村農地委員会が昭和二十三年四月九日別紙物件目録記載の農地につきなした農地買收計画及被告德島縣農地委員会が同年五月二十二日になした原告の訴願を棄却するとの裁決は夫々之を取消す。

訴訟費用は被告等の連帶負担とする。

請求の趣旨

主文と同旨

事実

原告訴訟代理人は請求原因として別紙物件目録記載に係る川西村所在の本件農地は原告の所有に属するのであるが、被告川西村農地委員会は、原告の住所が德島縣海部郡日和佐町に在つて川西村になく、從つて本件農地が原告の住所のある市町村の區域外に於て所有する原告の小作地で自作農創設特別措置法第三條第一号に該る農地であり、政府によつて買收すべきものとして、昭和二十三年四月九日其の買收計画を定めた。然し、原告の住所は日和佐町内に在るのではなく、右川西村内の同村大字芝字岸ノ上三十二番地に在るものである。原告は右川西村大字芝字岸ノ上三十二番地には農業に適切な居宅を有し家族七人の妻子と共に永年同居し祖先以來の農業を以つて生計を樹て現に自作地八反余を耕作し、生産農産物も人後に落ちずに供出し、原告は後記のように同郡日和佐町に寄宿しているが、毎土日曜其他時々欠勤し農繁期には特に相当の賜暇を得て歸宅し、原告自らが中心となつて專心農耕に從事し奉職の故を以つて農業を放任することなどなく效率的に農業に從事しているものである。また同村に於て公租公課縣民税村税等の諸税を納め公民権をも行使しており、川西村の右場所こそ一般人の認めるように原告の生活の本拠であり原告の住所である。原告は同郡日和佐町に寄寓して居るが右場所は原告が農業の傍小使收入のため同町に在る德島縣海部地方事務所に薄給を得て奉職しているが、其の通勤に不便の爲め同町の住家一室を間借し單身寄宿しているに過ぎないところで、決して原告の生活の本拠ではない。從つて同町では公租公課の負担は勿論公民権の行使をも一切していないのである。左樣であるから右買收計画は違法である。それで原告は即日之を理由として同被告に対し異議を申立てたところ同被告は原告の住所意思の如何に拘らず農地所在の市町村に常時居住しその生活関係がその場所を中心に構成せられている場合のみ農地所在地に住所ありと解すべきもので原告の住所は川西村にはないとの趣旨の下に之を却下する旨の決定をなした。原告は之に不服であつた爲法定期間内に同樣の理由に基き被告德島縣農地委員会に訴願をしたところ同被告も昭和二十三年五月二十二日原告の生活の本拠は明かに勤務地の日和佐町にあつて他に何等特別の理由は認め難いからとて原告の右訴願を棄却する旨の裁決をした。そして其の旨を同年同月二十六日被告川西村農地委員会を経由して其の頃原告に通知された。然し以上述べた樣に原告の住所が川西村内に在るに拘らず之れなしとしてなした被告等の前記買收計画及裁決は違法であるから之が取消を求めるため本訴請求に及んだと陳述し立証として甲第一、二号証、同第三号証ノ一、二を提出し証人野尻茂一郞、羽山盛男の各証言及原告本人の訊問を申し出でた。

被告訴訟代理人は原告の請求は之を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として、原告主張事実中原告の住所が川西村内にあるとの点は爭うも其の余の点は認める。原告は川西村に於て其の主張の自作地八反余歩を耕作し毎月二、三回日和佐町より帰宅し居ることは認めるも原告は昭和十八年以來昭和二十二年迄引続き同町所在の海部地方事務所に勤務し現在は同町所在の農林省作物報告事務所の所長に就任し相当の俸給を支給せられ、久しく同町で事実上居住して公務に沒頭しおるもので、家族を川西村に居住せしめ居るのは單に公務の都合上に止まる。偶々同町で住民税を課せられず選挙人名簿に登載せられず諸生活物資の配給を受けていないとしても、之が爲め同町に住所なしとは謂はれない。原告は農林行政の一役を受け持つ立派な官吏で、之を職業としている以上同町に其の生活の本拠たる住所があると謂うべきである。從つて原告の住所が川西村に在らずとして被告川西村農地員委会が原告主張の買收計画を定めたこと、被告縣農地委員会が訴願を棄却した裁決は何等違法でないと述べ証人田中淸雄の訊問を求め甲号各証の成立を認めた。

理由

原告主張事実中原告の住所が海部郡川西村大字芝字岸ノ上三十二番地にあるとの点を除き他は当事者間に爭がない。よつて原告の住所が何れの地にあるかを審按するに証人野尻茂一郞、同羽山盛男の各証言及原告本人の供述を綜合すれば原告は元來右川西村居住の者で同村内の前記場所に自宅を有し自作地八反余歩を耕作する農家であつたが昭和十八年一月同郡日和佐町所在の食糧檢査所日和佐支所に勤務することになつてからは、通勤の不便上同年春頃、同町羽山盛男方の二階の一室を間借し單身同所へ簡單な炊事道具及夜具を運んで、自炊生活を始め爾來昭和二十一年五月同町所在の海部地方事務所に次で昭和二十三年二月下旬同町所在の農林省作物報告事務所々長に轉じても依然同所で間借して自炊生活を続けていること。而して此の間終始生活必需の米麥等は総て川西村の自宅より持ち來つて、同町では生活必需物資の配給をも受けず、公民権及所謂住民税等の公租公課をも納めることなく專ら同所では勤務廳の都合上寢食の便に供しているに過ぎないこと。川西村の自宅には妻子七人総て居住し同所に於て原告家の冠婚葬祭、親戚知人との交際をなし、同村で選挙権等の公民権を有し村民税、縣税等一切の公租公課を納めていること。原告は毎土日曜日の外農繁期には随時必要な賜暇を得、或は同村方面への出張の機会を捕へて右川西村の自宅に帰り、原告が專ら中心となつて農業其他家政一般をなしていること。原告家は家族七人にして、原告の奉職による收入のみにては経済的生活は困難にして川西村内に於ける農業経営と相俟たずしてその自立を計り難い状態にあることを認めることが出來る。他に之に反する証拠はない。

さすれば右認定の事実よりして原告は、その主張の川西村内の右場所を以つて原告がその一般の生活関係の中心となさんとする意思を有し且つ此の意思を実現していると謂へるから右川西村内の場所を原告の住所と解するのが相当である、尤も前認定の通り原告は右場所に於て文字通り常住してはいないものであるが苟も原告に於て生活の本拠となす意思と其の意思の実現があれば足り敢て間断なく居住すること又は生活の大部分を其の場所に於て同所を中心として営まねばならぬということは必要でないから此の故を以つて前記川西村内の場所を原告の住所と認めてはならないということはない。

然らば川西村内所在の本件農地が所有者なる原告の住所のある市町村の區域外に於て所有する小作地にして政府がこれを買收するものとして定めた被告川西村農地委員会の農地買收計画及被告德島縣農地委員会が原告の住所が右川西村内にあらずとして前示原告の訴願を棄却した裁決は何れも違法たるを免れないから原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條第九十三條第一項後段を適用して主文の如く判決する。

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例